総合INDEX > 有機電子論ノート > 第2章
この章の構成
  1. 📌 TL;DR — この章で持ち帰る5つだけ
  2. なぜこの章を読むのか
  3. 1. 炭素における混成軌道 — なぜ4本の手はすべて等価なのか
  4. 2. C と H の結合(共有結合)— σ 結合の誕生
  5. 3. オクテット則と配位結合
  6. 4. 簡単な分子の構造 — H₂O・NH₃・CH₄ など
  7. 5. σ 結合のまとめ — 一重結合の本質
  8. ❓ つまずきポイント Q&A
  9. 🧭 章末まとめ — 1枚で復習
  10. 🔗 関連ノート・次への橋渡し
  11. 📚 ソース

第2章 共有結合とくに一重結合について

原典:米山正信『有機電子論解説 — 有機化学の基礎』第2章(p.14〜28)INDEX | ← 前へ 01_水素原子と炭素原子 | 次へ → 03_多重結合と分極


📌 TL;DR — この章で持ち帰る5つだけ

  1. 炭素は sp³ 混成により4本の等価な手をつくる。2s と 2p³ を「かき混ぜる」のが混成だ。
  2. 共有結合 = 2個の電子(スピン逆向き)が2つの原子核を同時に「共有」する状態。これを σ 結合という。
  3. **結合性 MO は安定化、反結合性 MO(σ*)は不安定化**。位相が合うかどうかで決まる。
  4. オクテット則 — C は 8 個まで、H は 2 個まで電子を持てば安定。
  5. 非共有電子対(孤立電子対) は結合に参加していないが、配位結合を形成できる。

覚える前にこれだけ:有機化学の「形」はすべて混成軌道が決める。sp³ = 四面体(109.5°)、この形が次章以降の空間議論の基準になる。


なぜこの章を読むのか

01_水素原子と炭素原子で「電子は軌道に住む」と学んだ。では、原子どうしが 手をつなぐとき、軌道はどうなるのか。ここが2章のテーマだ。

「混成」を理解しないと「なぜメタンが正四面体なのか」が説明できない。そして「なぜ全4本の C–H 結合のエネルギーが同じなのか」が分からないままになる。この章は「有機化合物の形」の根拠を与える章である。


1. 炭素における混成軌道 — なぜ4本の手はすべて等価なのか

1.1 問い:メタンの4本の C–H 結合は同じか?

炭素の価電子は 1s² 2s² 2pₓ¹ 2p_y¹(01_水素原子と炭素原子で確認した)。2s と 2p ではエネルギーが違う(2s は −21.4 eV、2p は −11.4 eV)。もし混成なしに結合を作るなら、2s 由来の結合と 2p 由来の結合でエネルギーが違うはずだ。

ところが実験では メタン CH₄ の4本の C–H 結合はすべて同じ強さ。これは「2s と 2p が混じり合って 4 個の等価な軌道になった」以外に説明できない。

1.2 sp³ 混成軌道

1 個の 2s 軌道 + 3 個の 2p 軌道 → 4 個の等価な sp³ 混成軌道

🖼 第2章 原ページ 1/8第2章 原ページ 1/8

sp³ 軌道のエネルギーは 2s と 2p の中間(−13.9 eV)。重要なのは「等価で、かつ互いにできるだけ離れる」という点だ。

💡 なぜ離れるのか同じエネルギー準位の軌道は互いに干渉しないように分散する。4本の矢を最大限に分散すると → 正四面体の中心から4隅に向かう配置になる。その角度が 109.5°(= 109°28')。これがメタンや炭化水素骨格の基本角度だ。

1.3 混成軌道のエネルギー

炭素の各混成軌道のエネルギー準位をまとめる:

軌道エネルギー
2p−11.4 eV
sp³−13.9 eV
sp²−15.4 eV(03_多重結合と分極で登場)
sp−16.4 eV(03_多重結合と分極で登場)
2s−21.4 eV

🔑 s の比率が高いほどエネルギーが低く(安定)、結合がより強くなる。sp > sp² > sp³ の順に安定 — この順番は03_多重結合と分極の C–C 結合エネルギーの話で再登場する。


2. C と H の結合(共有結合)— σ 結合の誕生

2.1 軌道の重なりが結合を生む

C の 1 個の sp³ 軌道(電子 1 個)と H の 1s 軌道(電子 1 個)が近づく。位相が同じ部分が重なり合う と、2 個の電子が両核を共有する 分子軌道(MO) が形成される。

🖼 第2章 原ページ 2/8第2章 原ページ 2/8

この結合が成立すると、重なりのエネルギーだけ系全体が安定化する。これが 結合エネルギー(bond energy) の正体だ。

C・ + H・  →  C–H + 結合エネルギー(約 414 kJ/mol)

逆に C–H を切断するには、この量のエネルギーを外から加えねばならない。

2.2 共有電子対と MO の概念

結合ができると、2 個の電子はもはや C のものでも H のものでもなく、C と H に同時に属する共有電子(covalent electron)になる。

分子軌道(MO)の立場では:

🖼 第2章 原ページ 3/8第2章 原ページ 3/8

🔑 **σ* は今は空席のまま**。しかし光を照射すると、電子が σ から σ* へ励起される。これが23_光励起(光化学)で重要になる。

2.3 位相(+/−)の問題

軌道には 位相(+/−) がある。

組み合わせ結果
同位相どうし(○ + ○)重なって安定化 → 結合性 MO
逆位相(○ + ●)打ち消しあって不安定化 → 反結合性 MO
🖼 第2章 原ページ 4/8第2章 原ページ 4/8

この「位相の一致」という考え方は、14_分子軌道法HMO(MO法)・15_ペリ環状反応(ペリ環状反応)で決定的に重要になる。


3. オクテット則と配位結合

3.1 オクテット則

sp³ 混成の C は4本の軌道を持ち、電子を8個まで収容できる。これが オクテット則(octet rule) の電子論的根拠だ。

C: 4つの sp³ 軌道 × 電子2個/軌道 = 最大8個
H: 1s 軌道 × 電子2個     = 最大2個(K殻完成)

💡 オクテット則の意義オクテットが満たされると Ne(または He)と同じ閉殻配置になる。閉殻は反応しない — これが「飽和すれば安定」という経験則の根拠だ。

3.2 配位結合 — 非共有電子対が攻撃する

アンモニア NH₃ と塩酸 HCl の反応を考えよう:

NH₃ + HCl  →  NH₄⁺ + Cl⁻

N の価電子は 2s² 2p³。3個の p 電子が H と結合した後、2s² の非共有電子対(lone pair) が残る。この非共有電子対が H⁺(プロトン)を受けとる。

N: + H⁺  →  N→H  (→ は配位結合)
🖼 第2章 原ページ 5/8第2章 原ページ 5/8

🔑 非共有電子対が「攻撃の武器」になる。これが05_酸と塩基(酸塩基)・06_脂肪族の置換反応以降(置換反応の求核剤)で繰り返し登場する核心概念だ。


4. 簡単な分子の構造 — H₂O・NH₃・CH₄ など

4.1 水 H₂O

O の価電子:2s² 2p⁴(2pₓ¹ 2p_y¹ 2p_z²)2 個の不対 p 電子が H と結合 → H–O–H 角は理論上 90°(純粋な p 軌道使用)。

しかし実際は 105°。理由:

  1. H がわずかに δ⁺ を持つので H どうしが反発し、角が広がる。
  2. 非共有電子対の軌道も sp³ に近い混合状態をとる傾向がある。

O–H 距離は 96 pm。

🖼 第2章 原ページ 6/8第2章 原ページ 6/8

ヒドロキソニウムイオン H₃O⁺ の H–O–H 角は約 112°(sp³ に近いが非共有電子対が 2s 軌道により安定化)。

4.2 アンモニア NH₃

H–N–H = 106.8°(理論上の 109.5° より小さい)。N の非共有電子対が大きな「場所」を占め、H を押し縮める形になるためだ。

4.3 NH₄⁺・H₃O⁺ の電荷分布

量子化学計算によると:

イオン中心原子の電荷H の電荷
NH₄⁺N: 約 −0.4eH: 約 +0.35e ×4
H₃O⁺O: 約 −0.1eH: 約 +0.37e ×3

中心の N や O は負に帯電し、正電荷は H が担っている。NH₄ではなく ⁺NH₄ と書くべき、というのはこのことだ。

4.4 メタン CH₄ とエタン C₂H₆

分子結合角結合距離
CH₄H–C–H = 109.5°C–H = 101 pm
C₂H₆(エタン)H–C–H ≈ 108.5°、H–C–C ≈ 110°C–H = 108 pm、C–C = 154 pm
🖼 第2章 原ページ 7/8第2章 原ページ 7/8

エタンでは C–C 結合が sp³–sp³ 軌道の重なりによる σ 結合。154 pm という距離は C–C 単結合の基準値として03_多重結合と分極で活用される。


5. σ 結合のまとめ — 一重結合の本質

🖼 第2章 原ページ 8/8第2章 原ページ 8/8

一重結合(σ 結合)の特徴をまとめる:

σ 結合
  ├─ 2 個の電子(スピン逆向き) がペアになって両核を共有
  ├─ 結合軸方向に軌道が重なる(s–s、s–sp³、sp³–sp³ など)
  ├─ 結合を軸に自由回転できる(これが配座異性体の原因)
  └─ C は 4本、N は 3本、O は 2本、ハロゲンは 1本

非共有電子対は結合に参加しないが配位結合(→)を形成できる

🔑 σ 結合は「結合軸上の重なり」。次章で登場する π 結合は「結合軸の横の重なり」と対比させること。この2種類の結合の性質の違いが、有機化学の反応性の違いを決定的に規定する。


❓ つまずきポイント Q&A

Q1. なぜ「混成」が必要なの? 2s と 2p でそのまま結合じゃダメ?

A. ダメではないが、そうすると s 由来の結合と p 由来の結合でエネルギーが違うはずで、メタンの4本の C–H 結合が等価であるという実験事実と矛盾する。混成は「等価な結合が存在する」という実験事実を説明するために必要な概念だ。

Q2. sp³ の「3」って何の数字?

A. 混成に使った p 軌道の数。sp³ = s が 1 個 + p が 3 個を混ぜた軌道。sp² なら p を 2 個使用(03_多重結合と分極)、sp なら p を 1 個使用(03_多重結合と分極)。

Q3. 反結合性軌道 σ* には普段電子が入らないのに、なぜ存在するの?

A. 軌道は「部屋」であり、空でも存在する。通常は空席だが、光を当てると σ から σ* へ電子が励起される(光化学反応 = 23_光励起・24_光化学反応)。また反応遷移状態の議論にも登場する。

Q4. 配位結合と普通の共有結合の違いは?

A. 形成のされ方が違う。普通の共有結合は双方から電子を1個ずつ出す(C・+H・)。配位結合は一方が2個の電子を提供(N: + H⁺ → N→H)。しかし、できてしまえばどちらの N–H 結合も区別できない(NH₄⁺ の4本は等価)。

Q5. オクテット則はいつでも成り立つ?

A. 第2周期(C, N, O, F など)では原則成立する。ただしリン P(3s, 3p に加えて 3d も利用)やイオウ S では10個以上の電子を抱える超原子価が可能。有機化学の主役元素では基本的に成立する。

Q6. H₂O の結合角がなぜ 90° より広い 105° になるのか、もっと詳しく教えて。

A. 純粋な p 軌道どうしは 90° で直交する。しかし H が δ⁺ を持つので H–H 間の静電反発が生じ、角が広がる。さらに非共有電子対の軌道も sp³ 的な混合を起こして角を広げる。非共有電子対の「押しの強さ」は、H が作る結合よりも大きいため、実際には 105° に落ち着く。


🧭 章末まとめ — 1枚で復習

炭素の混成
  2s + 2p³  →  4個のsp³軌道(正四面体、109.5°)
  2s + 2p²  →  3個のsp²軌道(平面三角形、120°)  ← [[03_多重結合と分極]]へ
  2s + 2p   →  2個のsp軌道(直線、180°)          ← [[03_多重結合と分極]]へ

σ 結合(一重結合)
  軌道の重なり(位相が同じ) → 結合性MO σ(安定化)
                              → 反結合性MO σ*(不安定化、空)
  2個の電子がスピン逆向きに入る → 共有電子対

各原子の手の数
  H: 1本(K殻2個で閉殻)
  C: 4本(オクテット達成)
  N: 3本(非共有電子対1対残)
  O: 2本(非共有電子対2対残)
  F: 1本(非共有電子対3対残)

非共有電子対 → 配位結合を形成できる(NH₃ + H⁺ → NH₄⁺)

この章のキーワード:混成軌道(sp³)/ σ 結合 / 結合性MO / 反結合性MO(σ*)/ 共有電子対 / オクテット則 / 非共有電子対 / 配位結合 / 位相 / 四面体角(109.5°)


🔗 関連ノート・次への橋渡し

🎯 次のノートを読む前にエタンの構造(C–C = 154 pm、C–H = 108 pm、H–C–C = 110°)を何も見ずに書けるか確認。また「sp³ 混成なのになぜ 109.5° ぴったりではなく 108° なのか」を自分なりに説明してみること。


📚 ソース

INDEX | ← 前へ 01_水素原子と炭素原子 | 次へ → 03_多重結合と分極