原典:米山正信『有機電子論解説 — 有機化学の基礎』第15章(p.213〜228)INDEX | ← 前へ 14_分子軌道法HMO | 次へ → 16_ベンゼンと芳香族性
覚える前にこれだけ:ペリ環状反応は「軌道の位相が合うかどうか」ゲーム。図14・6のHOMO・LUMOの+/−を確認して「位相が合えば許容、合わなければ禁制」と判断するだけ。14_分子軌道法HMOの準備が報われる章だ。
13_脂肪族の転位反応で「1,2-転位のような協奏反応では環状中間体を経由する」ことを学んだ。そこでも「π電子が(4n+2)個なら熱転位可能」という経験則が出てきた。
本章はその背景を完全に解明する。1965年にウッドワード(R. B. Woodward)とホフマン(R. Hoffmann)が発表したW.-H. 則は、「例外のない反応規則」として有機化学の革命となった。そしてその根拠は14_分子軌道法HMOで学んだフロンティア軌道(福井謙一、1952年) にある。
この章を理解すると、なぜある反応が熱で進んで光では進まないのか(あるいは逆か)を軌道の位相だけで予測できるようになる。
電子環状反応(electrocyclic reaction) とはπ電子系化合物が閉環または開環する反応。
第一則:電子環状反応では熱反応の場合はHOMOで、光反応ではLUMOで反応の仕方が決まる。
(Z,E,Z)-1,6-ジメチルヘキサ−1,3,5−トリエン [1] は、熱(Δ) で容易に閉環してシス形 [2] を与える。トランス形 [3] は決して生じない。
図14・6の 6π 系 HOMO を確認する:位相パターンは S(対称型)、終端(C₁、C₆)の係数が大きく、両端AO は同じ位相を持っている。
同じ位相どうしが重なってσ結合を形成するには、C₁と C₆ の 2p 軌道が互いに内側へ回転する必要がある(= 逆旋, disrotatory)。その結果、環外の CH₃ 基は両方とも同じ方向(上方)へ向く → シス体 [2] が生成。

光反応では LUMO を使う(第一則)。6π 系の LUMO は A(反対称型)。終端AO の位相が逆になるため、同じ位相で重なるには両端が外側へ同じ方向に回転する(= 同旋, conrotatory)。CH₃ 基は反対向きに出る → トランス体 [3]。
まとめ:6π 系(奇数二重結合の共役系)
熱 → 逆旋(disrotatory)→ シス体
光 → 同旋(conrotatory) → トランス体
シス-1,2-ジメチルシクロブタ−3−エン [6] の熱開環を考える。
生成するブタジエン(4π 系)の HOMO は A 型、位相は (+,+,−,−)。
開環時に「A 型 HOMO になる」には sp³ 軌道が同旋(conrotatory) に回転すればよい。その結果、CH₃ 基は (E,Z)-1,4-ジメチルブタジエン [7] として反対方向に出る。光反応では逆に逆旋となる。
まとめ:4π 系(偶数二重結合の共役系)
熱 → 同旋(conrotatory)
光 → 逆旋(disrotatory)

| π電子系 | 熱反応 | 光反応 | 例 |
|---|---|---|---|
| 6π(奇数二重結合) | 逆旋 | 同旋 | ヘキサトリエン→シクロヘキサジエン |
| 4π(偶数二重結合) | 同旋 | 逆旋 | シクロブテン開環 |
🔑 4nと4n+2の交差このパターン(熱4n = 同旋、熱4n+2 = 逆旋)は偶然ではない。HOMO の S/A が一段ずつ交互に入れ替わる(14_分子軌道法HMO S→A→S→A…)から生じる必然だ。これが次節のシグマトロピーや環状付加でも繰り返し現れる。
シグマトロピー反応(sigmatropic reaction) は σ 結合が π 電子系に沿って転位する反応。
第三則:(1,j) 次のシグマトロピー反応では、熱反応ではHOMOが、光反応ではLUMOが反応を決める。
(例)ペンタジエニル系で H が 1 位から 5 位へ移動:
CH₂=CH−CH=CH−CH₃ → CH₃−CH=CH−CH=CH₂
H が移動するとき、残りの「母体」は 5π 電子系(ラジカルとして考える)。Ψ₃ が HOMO で位相は (+,0,−,0,+)。
H の 1s 軌道が 2p 軌道と同じ位相で σ 結合を形成するには、H は母体の同じ側(スプラ形, suprafacial) で転位できる。活性化エネルギーは通常の < 100 kJ/mol → 熱的許容。

3π 系の HOMO は Ψ₂ で位相は (+,0,−)。H が 1 位から 3 位へ移動しようとすると、同じ位相で重なるには母体の反対側(アンタラ形, antarafacial) をくぐる必要がある。
結論:(1,3)-シグマトロピーは熱では起こらない。
光反応では 3π 系の LUMO は Ψ₃ で位相は (+,−,+) → スプラ形で許容。
💡 (4n+2) 電子則との対応(1,5) 転位:関与する電子 = π 結合2個 + σ 結合1個 = 6個(= 4n+2, n=1)→ 熱許容(1,3) 転位:関与する電子 = π 結合1個 + σ 結合1個 = 4個(= 4n, n=1)→ 熱禁制13_脂肪族の転位反応の経験則と完全に一致する。
コープ転位(Cope rearrangement) は (3,3) 次シグマトロピーの代表:
1 2 3 1 2 3
CH₂=CH−CH─ CH─CH=CH₂ → CH₂─CH=CH CH=CH─CH₂
(σ結合が1-1'から3-3'へ転位)
第四則:2つの π 電子系(各 3π)がそれぞれ HOMOとして関与する(熱時)。3π 系 HOMO は A 型 (+,0,−)。スプラ形で反応 → 熱的許容。
動く電子は 6 個 = (4n+2) 電子則に一致。ブルバレン(bullvalene)はコープ転位を繰り返し、120 万種の異性体が NMR 上同等に見える。

第五則:二つの分子の環状付加では、熱反応ではジエンのHOMO・親ジエンのLUMOで反応が規制され、光反応では両方ともLUMOで規制される。
ブタジエン(4π 系, HOMO: Ψ₂, 位相 +,+,−,−)と エチレン(2π 系, LUMO: 位相 +,−)が 上下に重なって環状中間体を形成:
ジエン HOMO (+,+,−,−)
↕↕ 上下が位相一致
親ジエン LUMO (+,−)
図15・3に示すように位相は上下で合致 → π4s + π2s(スプラ−スプラ)= 熱的許容。
参加電子数 = 4π + 2π = 6 個(= 4n+2, n=1)→ 熱許容、典型的ペリ環状反応。
シクロペンタジエン + アクリロニトリル [12] の場合、エンド形(CN が環内側)が選択的に生成する。
エンド体優先はMO法なしに説明できない。立体障害の議論だけでは逆の予測になる。

エチレン + エチレン → シクロブタン:
熱反応では「ジエンのHOMO(+,−)と親ジエンのLUMO(+,−)」がスプラ−アンタラ(π2s + π2a) → 位相が合わない → 禁制。
光反応ではエチレンが励起されてLUMOに電子が入り(LUMO → 半充填)、もう1分子の空のLUMOと反応 → LUMO−LUMO = π2s + π2s(スプラ−スプラ)= 許容。
💡 空×空の「LUMO同士の反応」ってどういうこと?光で励起された分子は LUMO に電子を1個持った「半充填の LUMO」になっている。それが基底状態の「空の LUMO」と相互作用する。これは24_光化学反応(光化学反応)で詳述される。

1967年 R. Huisgen が始めた[1,3]双極付加は、ジアゾ化合物・オゾン・アジド等「3原子 4π 電子系」の π 結合への付加反応。
フェニルアジド + アルケン → 五員環ヘテロ環
アジド(R−N=N⁺=N⁻)は 3π系(π電子 4 個)。2π のアルケンとの付加は:
[1,3]双極化合物は多数あり(オゾン、ジアゾ化合物、ニトリルオキシド等)、この反応はヘテロ環合成の強力な手法となっている。
![図15-7 [1,3]双極付加の例(アジドとアルケン)](assets/15/page_0007.png)
キレトロピー反応(cheletropic reaction) は、環状化合物の一角を形成していた原子(または小分子)が脱離してπ電子系を残す反応。
第六則:生成するπ電子系が 4π 以上の場合、熱反応では電子数が 4q(q=1,2…)なら逆旋、(4q+2) なら周旋となる。光反応では逆。
(E,E)-1,3-ジメチルブタジエン + N₂ という環状化合物から N₂ が抜けてブタジエンができる:

6π 系が生成する場合は (4q+2) → 周旋(conrotatory) になる(自分で確認せよ、と著者は問題として残している)。
| 則 | 反応型 | 熱 | 光 |
|---|---|---|---|
| 第一則 | 電子環状(閉環) | HOMO | LUMO |
| 第二則 | 電子環状(開環) | HOMO 型に | LUMO 型に |
| 第三則 | (1,j) シグマトロピー | HOMO | LUMO |
| 第四則 | (i,j) シグマトロピー | 両方 HOMO | 一方 HOMO、他方 LUMO |
| 第五則 | 環状付加 | ジエン HOMO + 親ジエン LUMO | 両方 LUMO |
| 第六則 | キレトロピー | 4q → 逆旋、4q+2 → 周旋 | 逆 |
🔑 大原則:(4n+2) 電子系は熱で許容、4n 電子系は光で許容この覚え方で6つの則を統一的に把握できる。理由は「HOMOとLUMOの S/A が一段ずつ交互に入れ替わる」こと(14_分子軌道法HMOの S→A→S→A の法則)。


A. 逆旋(dis-):両端のAOが逆方向に回転(一方は内側、他方も内側 = 向かい合う方向)。同旋(con-):両端が同じ方向に回転。6π 熱環化 = 逆旋(dis)、4π 熱環化 = 同旋(con)と覚えよ。
A. スプラ形(supra-):結合の移動が分子の「同じ面」で起こる(普通の反応)。アンタラ形(antara-):分子の「反対面」をまたいで起こる(空間的に難しい)。スプラ = 許容、アンタラ = 禁制(ただしスプラ−アンタラの組み合わせは一方が許容になることもある)。
A. 熱状態では HOMO が最高エネルギーの「電子が入った軌道」。光照射で電子が HOMO → LUMO に励起されると、今度は「そのLUMO(半充填)」が新しい HOMO として機能する。これが「光反応では LUMO が反応を決める」の理由。
A. 位相が一致した主反応(スプラ−スプラ結合)に加え、エンド形遷移状態では「その他のAO」同士が軌道混合(二次相互作用)で追加安定化する。エキソ形にはこの安定化がない。
A. ウッドワードは1965年にビタミンB₁₂全合成の業績で単独でノーベル賞を受賞(1965年)。W.-H. 則を共同発表したのも1965年だが、ウッドワードは1979年に死去したため、その後の1981年受賞には入れなかった。1981年に福井謙一とホフマンが共同受賞した。
ペリ環状反応の4タイプ
1. 電子環状反応 (π系の閉環・開環)
2. シグマトロピー反応 (σ結合の転位)
3. 環状付加反応 (2分子のπ系が合体)
4. キレトロピー反応 (小分子脱離でπ系生成)
共通ルール(W.-H. 則)
熱反応 → HOMO の位相が合う方向
光反応 → LUMO の位相が合う方向
↓
位相が合う(同位相が重なる)= 許容(allowable)
位相が合わない = 禁制(forbidden)
覚え方(電子数で一括整理)
(4n+2) π 電子系 → 熱で許容
4n π 電子系 → 光で許容
(n = 0, 1, 2, …)
逆旋/同旋の整理
6π系(4n+2): 熱 = 逆旋、光 = 同旋
4π系(4n) : 熱 = 同旋、光 = 逆旋
この章のキーワード:ペリ環状反応 / 協奏反応 / 電子環状反応 / シグマトロピー反応 / 環状付加反応 / キレトロピー反応 / 逆旋(dis) / 同旋(con) / スプラ形(supra) / アンタラ形(antara) / HOMO / LUMO / ウッドワード−ホフマン則 / 4n+2則 / ディールス−アルダー反応 / コープ転位 / エンド規則
🎯 次のノートを読む前にブタジエン(4π 系)の熱環状付加が起こる相手分子のLUMO の位相を図14・6 で確認し、「なぜスプラ−スプラで位相が合うか」を言葉で説明できるか自分で試せ。
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