総合INDEX > 有機電子論ノート > 第3章
この章の構成
  1. 📌 TL;DR — この章で持ち帰る5つだけ
  2. なぜこの章を読むのか
  3. 1. エチレンの構造 — sp² 混成と π 結合
  4. 2. アセチレンの構造 — sp 混成と三重結合
  5. 3. σ 結合と π 結合の生成規則 — どんな軌道がどう重なるか
  6. 4. 分子内の分極 — 電子の偏りを定量化する
  7. 5. ポーリングの電気陰性度
  8. 6. 動的分極と分極率
  9. ❓ つまずきポイント Q&A
  10. 🧭 章末まとめ — 1枚で復習
  11. 🔗 関連ノート・次への橋渡し
  12. 📚 ソース

第3章 二重結合、三重結合および分子内の分極

原典:米山正信『有機電子論解説 — 有機化学の基礎』第3章(p.29〜43)INDEX | ← 前へ 02_共有結合 | 次へ → 04_I効果とE効果と共鳴


📌 TL;DR — この章で持ち帰る5つだけ

  1. C=C 二重結合 = σ 結合(sp² 軌道)+ π 結合(p 軌道の横重なり)。π 結合は反応で先に切れる。
  2. C≡C 三重結合 = σ 結合(sp 軌道)+ 2本の π 結合。直線形で最もコンパクト。
  3. sp² 混成 → 平面三角形(120°)、sp 混成 → 直線(180°) — 混成が分子の形を決める。
  4. 電気陰性度(ポーリング) — 原子が電子を引きつける強さ。F > O > N > Cl > C > H の順。
  5. 双極子モーメント μ = q × l — 結合の分極を定量化する道具。後の反応理解に直結する。

覚える前にこれだけ:π 電子は「動きやすい」。これが有機化学の反応性の多くを決める出発点だ。


なぜこの章を読むのか

02_共有結合では σ 結合(一重結合) を扱い、sp³ 混成で4本の等価な手ができることを学んだ。今度はエチレン(C=C)・アセチレン(C≡C)という 多重結合 の分子に進む。

多重結合のポイントは2つ。

  1. 形 — sp²・sp 混成で分子が平らになったり直線になる理由
  2. 分極 — 異種原子間の結合では電子が偏る(電気陰性度)→ 双極子モーメント

この「分極」こそが04_I効果とE効果と共鳴の I 効果・E 効果、05_酸と塩基の酸塩基、そして06_脂肪族の置換反応以降のすべての反応理論の起点になる。分極を数値化する道具を持たずに先へは進めない。


1. エチレンの構造 — sp² 混成と π 結合

1.1 エチレンで C が必要とする結合の本数

エチレン CH₂=CH₂ を考える。各 C は3本の手を出せば足りる(H を2個 + 隣の C を1個)。3本の等価な手 = sp² 混成軌道(s 1個 + p 2個を混ぜて3等分)。

使う軌道:2s, 2pₓ, 2p_y  →  3個の sp² 軌道(平面上に 120° 間隔)
残る軌道:2p_z              →  π 結合に使う
🖼 第3章 原ページ 1/8第3章 原ページ 1/8

1.2 平面構造の根拠

3本の sp² 軌道を最大限に分散すると、平面上に 120° 間隔 で並ぶ(図3-2a)。エチレンは6原子(C₂H₄)すべてが同一平面に存在する — これが実験事実と一致する。

💡 なぜ平面なのかが重要π 結合が形成されるには2つの p_z 軌道が平行でなければならない。平行を保つには分子全体が平面でなければならない。これが「二重結合まわりの回転が制限される」(シス/トランス異性体が存在する)理由だ。

1.3 π 結合の誕生

各 C に残った 2p_z 軌道は、sp² 軌道の平面に対して垂直に突き出ている。両 C の p_z 軌道が平行に並ぶと、スピン逆向きの電子どうしが重なり合う。

🖼 第3章 原ページ 2/8第3章 原ページ 2/8

π 結合の形は「分子平面の上下に広がった枕状の雲」。C=C 二重結合の実態は σ 電子対 1 組 + π 電子対 1 組(合計 4 個の電子)。

🔑 π 電子は反応しやすいσ 結合(軸方向)は核との重なりが大きく強固。π 結合(横方向)は重なりが小さく、電子が露出している → 求電子剤の標的になる(08_二重結合への付加反応・付加反応)。

🖼 第3章 原ページ 3/8第3章 原ページ 3/8

2. アセチレンの構造 — sp 混成と三重結合

2.1 sp 混成

アセチレン HC≡CH で各 C は2本の手が必要(H 1個 + 隣の C 1個)。2本の等価な手 = sp 混成軌道(s 1個 + p 1個を混ぜて2等分)。

使う軌道:2s, 2pₓ  →  2個の sp 軌道(一直線上に 180° 対向)
残る軌道:2p_y, 2p_z  →  2本の π 結合に使う

sp 軌道どうしが一直線に向かい合うことで H–C–C–H は直線形になる。

2.2 三重結合の構造

🖼 第3章 原ページ 4/8第3章 原ページ 4/8

C≡C 三重結合の実態は σ 1組 + π 2組(合計 6 個の電子)。

2.3 C–C 結合距離と結合エネルギーのまとめ

結合混成結合距離結合エネルギー目安
C–C(エタン)sp³–sp³154 pm〜340 kJ/mol
C=C(エチレン)sp²–sp²132 pm〜610 kJ/mol
C≡C(アセチレン)sp–sp120 pm〜840 kJ/mol

💡 距離と強さの理由sp に s の比率が高い → 軌道が核に近く小さい → 重なりが大きく → 結合が強くて短い。また、三重結合のエネルギーは単結合の3倍ではなく約2.5倍。π 結合はσ結合より1本あたりのエネルギーが小さい。


3. σ 結合と π 結合の生成規則 — どんな軌道がどう重なるか

教科書が詳細にまとめている規則を整理する:

3.1 σ 結合になる組み合わせ

3.2 π 結合になる組み合わせ

3.3 重なれない(結合にならない)組み合わせ

🔑 直交 = 重なれない という概念は、後でアセチレンの2本の π が互いに干渉しない理由にもなるし、15_ペリ環状反応(ペリ環状反応)でウッドワード–ホフマン則を理解するときの軸になる。


4. 分子内の分極 — 電子の偏りを定量化する

4.1 HCl で考える分極

HCl という気体分子を考える。H の有効核電荷は +1e、Cl の有効核電荷は +7e。結合電子対は、より強い核電荷の方に引き寄せられる。

(H : Cl)ではなく(H  :Cl)

結果として:

この偏りを分極(polarization)、偏った分子を極性分子(polar molecule)という。

4.2 双極子モーメント μ = q × l

分極の大きさは双極子モーメント(dipole moment)μで定量化する。

μ = q × l
  q:双極子の電荷量(esu 単位で)
  l:正負の電荷中心間の距離

単位はデバイ(D)= 1 × 10⁻¹⁸ esu·cm(ペーター・デバイにちなむ)。

HCl の場合:

μ = 0.852 × 10⁻¹⁰ esu × 1.27 × 10⁻⁸ cm = 1.082 D
δ = 0.177(単位電荷の 17.7% が偏在)
🖼 第3章 原ページ 5/8第3章 原ページ 5/8

4.3 δ の標準値(代表的な結合)

結合δ(偏在量)
H–N0.04
H–C0.25
H–O0.18
H–Cl0.31
C–N0.13
C–O0.42
C=O0.21
C–Cl0.06

💡 C=O の分極率が高いC=O は δ 0.21 で、σ 結合だけでなく π 結合電子も O 側に引き寄せられる。これが04_I効果とE効果と共鳴(E 効果)と10_カルボニル基の反応(カルボニル反応)の中心テーマになる。


5. ポーリングの電気陰性度

5.1 電気陰性度とは

電気陰性度(electronegativity):原子が共有電子対を引きつける相対的な強さ。

ポーリング(L. Pauling、1901〜1994、ノーベル化学賞+平和賞)が1932年に数値化した:

元素電気陰性度
H2.1
C2.5
N3.0
O3.5
F4.0
Cl3.0
Br2.8
I2.5
Li1.0
Na0.9

右上ほど大きく(F が最大)、左下ほど小さい。

🔑 なぜ周期表の右上が大きいか1)有効核電荷が大きい(族番号 = 有効核電荷)。2)原子サイズが小さい → 表面の電荷密度が高い → 電子を強く引きつける。下の周期(同族)では原子が大きく表面電荷密度が下がるため、電気陰性度が小さい。

5.2 結合のイオン性

電気陰性度の差 |χ_A − χ_B| が大きいほど、その結合のイオン性が高い。

χ_A − χ_Bイオン性(%)
0.44
1.022
1.750
2.063
3.089

H–Cl は |2.1 − 3.0| = 0.9 → 約18% のイオン性(残り82% は共有結合性)。

🖼 第3章 原ページ 6/8第3章 原ページ 6/8

5.3 極性・無極性分子

CCl₄ は各 C–Cl 結合が δ⁺C–Cl δ⁻ と分極しているが、4本が対称に並ぶため μ = 0 になる。CHCl₃ は対称性がないため μ = 1.86 D と大きな極性を持つ。


6. 動的分極と分極率

6.1 静的分極 vs 動的分極

6.2 分極率 α

外部電場 F に置かれたとき、新たに生じる双極子モーメント m は:

m = α × F

α が大きいほど誘発双極子が生じやすい(分極しやすい)。α の単位は cm³(または cm³/mol)。

代表的な分極率:

結合α(cm³/mol)
C–H1.69
O–H1.85
C–C1.25
C=C2.79
C≡C4.79
C–Cl6.53
C–I14.55

🔑 C–I の分極率は C–Cl の約2倍。電気陰性度だけ見ると C–I は分極しにくそうだが(χ の差 = 0)、実際には電場が加わると 大きく分極する。これが C–I が反応しやすい(動的 I 効果が大きい)理由。04_I効果とE効果と共鳴・06_脂肪族の置換反応で具体的に扱う。

🖼 第3章 原ページ 7/8第3章 原ページ 7/8

6.3 分極率と屈折率

分極率 α は屈折率 n の関数でもある(ローレンツ–ローレンツ式):

α = (n² − 1) / (n² + 2) × M / (3π × Nₐ)

水(n = 1.33, M = 18.015)では α ≈ 1.46 × 10⁻²⁴ cm³ と計算される。

🖼 第3章 原ページ 8/8第3章 原ページ 8/8

❓ つまずきポイント Q&A

Q1. σ 結合と π 結合はどう違うの?

A. 重なりの方向が違う。σ は「結合軸の正面から向き合う」、π は「結合軸の横から重なる」。結果として σ は核との重なりが大きく強固、π は露出していて反応しやすい。

Q2. C=C を「回転」できないのはなぜ?

A. π 結合を維持するには 2 つの p_z 軌道が平行でなければならない。回転させると p_z どうしが位相が合わなくなり π 結合が切れる。だからシス/トランス異性体が「両者ともに安定に存在」できる。

Q3. 電気陰性度と分極率は何が違う?

A. 電気陰性度は「本来の引きつけ力(静的)」。分極率は「電場に応じて動ける電子の量(動的)」。電気陰性度が大きい F でも、原子が小さく電子が固まっているため分極率は小さい。大きな原子(I, Br)は電子雲が広がっており、外部電場に応じて大きく変形できる = 分極率大。

Q4. 双極子モーメントがゼロなのに各結合は分極している、ってどういうこと?

A. 例えば CCl₄:4本の C–Cl 結合はそれぞれ分極しているが、正四面体の対称性によって 4 つのベクトルが互いに打ち消し合い、分子全体の双極子モーメントはゼロになる。「結合の極性」と「分子の極性」は別物。

Q5. sp² の混成で使わなかった p_z 軌道は消えてしまうの?

A. 消えない。p_z 軌道はそのまま残り、π 結合に使われる。sp² 混成した C は「3本の sp² 手 + 1本の p_z」の合計 4 軌道を持つ。C は常に4価であることが保たれている。

Q6. なぜ三重結合の方がエネルギーが大きいのに、"3倍"ではないの?

A. 単結合 σ のエネルギー ≈ 340 kJ/mol に対し、π 結合 1 本 ≈ 270 kJ/mol と小さいため。三重結合は σ + π₁ + π₂ = 340 + 270 + 230 ≈ 840 kJ/mol で、3倍の1020 kJ/mol には届かない。


🧭 章末まとめ — 1枚で復習

混成軌道と分子の形
  sp³  →  正四面体(109.5°)  一重結合のC
  sp²  →  平面三角形(120°) 二重結合のC
  sp   →  直線形(180°)     三重結合のC

多重結合の内訳
  C=C : σ(sp²) + π(p_z)  [電子4個]  エチレン平面形
  C≡C : σ(sp) + π(p_y) + π(p_z)  [電子6個]  アセチレン直線形

分子内の分極
  電気陰性度(ポーリング): F > O > N > Cl > C > H
      → 大きい側がδ-、小さい側がδ+
  双極子モーメント μ = q × l [単位: デバイ D]
      → 分子の極性/無極性を定量化

分極率 α = m / F
      → 動的分極の大きさ(I が最大、F が最小)
      → 反応速度に影響([[04_I効果とE効果と共鳴]]・[[06_脂肪族の置換反応]])

この章のキーワード:sp² 混成 / sp 混成 / π 結合(π-bond)/ π 電子 / 分極(polarization)/ 電気陰性度 / 双極子モーメント / 極性分子 / 無極性分子 / 分極率(α)/ 誘発双極子


🔗 関連ノート・次への橋渡し

🎯 次のノートを読む前に次の2問を自力で答えられるかチェック:

  1. エチレンが平面形になる理由を「π 結合と p_z 軌道」の言葉を使って説明せよ。
  2. C–I 結合はなぜ C–Cl より反応しやすいか(電気陰性度と分極率の両面から)。

📚 ソース

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