原典:米山正信『有機電子論解説 — 有機化学の基礎』第11章(p.157〜169)INDEX | ← 前へ 10_カルボニル基の反応 | 次へ → 12_ひと休みの章
覚える前にこれだけ:この章のすべての反応は「C=Oの立ち上がり(C⁺−O⁻)」を延長したもの。ウィッティッヒもバイヤービリガーもイソシアナートも「δ⁺のCへ求核剤が付加する」という10_カルボニル基の反応の原理がそのまま動いている。
10_カルボニル基の反応でC=Oの立ち上がりという原理を習った。この章では同じ原理が「より複雑な分子でどう機能するか」を見る。
「カルボニルの変奏曲」として10_カルボニル基の反応と一続きで読むと定着しやすい。
R₂C=O + R'₂C=P(C₆H₅)₃ → R₂C=CR'₂ + O=P(C₆H₅)₃
ケトン/ リンイリド オレフィン 酸化トリフェニルホスフィン
アルデヒド
1979年ノーベル化学賞(Georg Wittig)。構造の明確なオレフィンが得られるのが最大の特徴。混合物にならない。

イリド(ylid):一分子中に⁺の原子と⁻の原子を隣り合わせに持つ化合物。ベタインの特殊ケース。
| 種類 | 構造 | 安定性 |
|---|---|---|
| 窒素イリド | (CH₃)₃N⁺−CH₂⁻ | 不安定 |
| 硫黄イリド | (CH₃)₃S⁺−CH₂⁻ | 安定 |
| リンイリド | (CH₃)₃P⁺−CH₂⁻ | 安定 |
N-イリドが不安定な理由:Nは[He]2s²2p³配置で2d軌道が存在しない → P=CH₂やS=CH₂のような二重結合(d-π共役)が作れない。
PとSは第3周期で3d軌道が利用できる:
(CH₃)₃P⁺−CH₂⁻ ⇄ (CH₃)₃P=CH₂ [3d-π共役で安定化]
CH₃I + (C₆H₅)₃P → [(C₆H₅)₃P⁺−CH₃ I⁻]
[(C₆H₅)₃P⁺−CH₃ I⁻] + NaH(DMSO中) → (C₆H₅)₃P⁺−CH₂⁻ + NaI + H₂
NaH(Na⁺H:⁻)のH:⁻がCH₃からH⁺を引き抜いてリンイリドを生じる。
[AdN]
>C=O + R₂C⁻=PR₃ → >C⁻−O⁻−C=PR₃ (ベタイン中間体)
リンイリド ↓
四員環オキサホスフェタン(環状中間体)
↓ [協奏的分解]
>C=CR₂ + O=PR₃
第一段階:リンイリドのカルボアニオン(CH₂⁻)がC=OのδOCR⁺Cへ AdN → ベタイン生成。第二段階:四員環経由で分解 → オレフィン + ホスフィンオキシド。
β-カロテン(ビタミンAの前駆体)の合成でウィッティッヒ反応が使われる。レチナールとリンイリドを結合させ、特定の位置に二重結合を持つ分子を合成できる。位置制御が不可能な他の方法とはここが決定的に違う。

💡 なぜ位置が明確に決まるかリンイリドの⁻CH₂⁻部分がC=OのCへAdN → 新しいC=C結合が形成される。二重結合の位置はリンイリドのどのCとアルデヒド/ケトンのどのCが結合するかで一意に決まる。
>C=O →[H₂N−NH₂, KOH, (HOCH₂CH₂)₂O, 200℃]→ >CH₂
ヒドラジン メチレン
1段目:>C=O + H₂N−NH₂ → >C=N−NH₂(ヒドラゾン形成、シッフ塩基と同機構)2段目:KOHでNH₂のH⁺脱離 → ジアゾ中間体 → N₂脱離とH付加 → >CH₂
>C=N−NH₂ + KOH → >C=N−NH⁻ → >C=N⁻ + [N₂] → >CH₂
H₂O(反応中生じる)がH供給源。酸に不安定な骨格の還元に使える(LiAlH₄では壊れる基質でも対応可能)。
🔑 ここがあとで効くヒドラゾン中間体の構造はシッフ塩基(10_カルボニル基の反応)と同じ >C=N− タイプ。「N:⁻がC=OのCへAdN」という10_カルボニル基の反応の原理が延長されている。
>C=O + R−CO−OOH(過酸) → >C−O−CO−R(エステル)
過酢酸など 環状ケトンならラクトン
カルボニル基をエステル基またはラクトン(環状エステル)に変換する酸化反応。

O⁻
|
シクロヘキサノン−C−O−O−COCH₃
↓ [O−O開裂 + C−C転位]
ε-カプロラクトン
OH基の非共有電子対がO−O結合に電子を押し込み、O=C=O(CO₂等価体)を作ろうとする。これが転位の駆動力。
🔑 ここがあとで効くこの1,2-C移動(アニオン転位)は13_脂肪族の転位反応「脂肪族の転位反応」で詳しく扱う中心テーマ。バイヤービリガー酸化が転位反応の初見例だと意識しておく。
イソシアナート基の原式:
R−N=C=O ← [1]
↕ 共鳴
R−N⁻−C≡O⁺ [2](C=Oの立ち上がり)
R−N⁺=C−O⁻ [3](N=Cの立ち上がり)← 実際の反応支配形
HMO計算(H−N=C=Oの場合):
C が圧倒的に電子不足(LUMOのCのローブが最大)。求核剤はCへ先に攻撃する。
R−N=C=O + HO−R' → R−NH−CO−O−R'
ウレタン結合
OH基のO:⁻(HOMO)がδOCR⁺C(LUMO)へ AdN → ウレタン結合。ポリウレタン(年産300万トン)はこの反応の繰り返し。
R−N=C=O + CH₃COOH → R−NH−CO−CH₃ + CO₂
機構:
R−N=C=O + CH₃COO⁻ → R−N(−CO−O−CO−CH₃)
↓ [C=Oの立ち上がり]
R−NH−CO−CH₃ + CO₂

2 R−N=C=O + H₂O → R−NH−CO−NH−R(対称ジアリール尿素) + CO₂
まずH₂OがAdN → カルボン酸様中間体(R−NH−COOH)が生成。これが第二のイソシアナートと反応(上記の酸との反応と同じ経路)。
R−N=C=O + H₂N−R' → R−NH−CO−NH−R'
尿素結合
NH₂のN:⁻(HOMO)がδOCR⁺C(LUMO)へAdN。

💡 なぜ常に[3]の分極形で考えるのかHMO計算でCのπ電子が最も少ない(0.70個)。LUMOのローブが最大なのもC。「C=Oの立ち上がり」だけでなくN=Cの立ち上がりが優先したため、結果的にCがより電子不足になっている。
CH₃COOH →[高温熱分解]→ H₂C=C=O + H₂O
ケテン
ケテンの極限構造式:
H₂C=C=O ⇄ H₂C⁻−C≡O⁺ ⇄ H₂C=C⁻−O⁺
HOMOとLUMOのローブ(図11・1):
H₂C=C=O + CH₃COOH → (CH₃CO)₂O
ケテン 酢酸 無水酢酸
CH₃COO⁻(HOMO側、求核剤)がケテンのδOCR⁺C(LUMO)へ AdN。
第二段反応:
H₂C=C−OH + H⁺ → CH₃−C=O
これはケトーエノール転位(13_脂肪族の転位反応の互変異性)。
H₂C=C=O + R−OH → CH₃−CO−OR (エステル)
H₂C=C=O + R−NH₂ → CH₃−CO−NHR (アミド)
OH⁻またはNH₂⁻がケテンのδOCR⁺Cへ付加。その後プロトン移動でアセチル化生成物。
H₂C=C=O + CH₂=CH₂ → [ジラジカル中間体] → β-プロピオラクトン
第一段:エチレンのHOMO ×ケテンのLUMO → ジラジカル(後章で詳述)第二段:環化 → β-プロピオラクトン
ケトンの立ち上がった酸素(>C=O→>C⁺−O⁻のO⁻部分)がケテンのδOCR⁺Cへ直接 AdN してラクトンを作ることもある。
>C=O(ケトン)のO⁻ + H₂C=C=O(ケテン)のC⁺ → β-ジメチルブチロラクトン[8]

ケテン自身が二量化してβ-メチレンラクトン(ケテン二量体)を形成しやすい。
2 H₂C=C=O → β-メチレンラクトン(ジケテン)
第一のケテンのO⁻が第二のケテンのδOCR⁺Cへ AdN → 四員環ラクトン。HOMO−LUMO同士の混合。

A. リンイリドのカルボアニオン(CH₂⁻部分)がC=OのδOCR⁺Cへ求核付加する。その後、P=O結合(安定なホスフィンオキシド)の生成が熱力学的に有利なため、反応が不可逆に進む。P=Oの結合解離エネルギー(約540 kJ/mol)が大きいのが駆動力。
A. 四面体中間体ができた後、隣接するC−C結合の電子対ごと炭素(アルキル基)が移動する。C−CがO−O開裂と協奏的に転位することで環が拡張されてラクトンになる。これが13_脂肪族の転位反応の「アニオン転位(n=2系)」の実例。
A. HMO計算ではCが最も電子不足(π電子0.70個)。C=Oの立ち上がりだけでなく、N=Cの立ち上がりも重なり、結果的にCのδ⁺が最大になる。またNに置換基(アリールやアルキル)があると超共役でNのδ⁻をOのδ⁻より大きくする効果が出る。
A. 両者ともLUMOのローブが中心Cに最大で、求核剤がCへ付加するという点では同じ。違いは:イソシアナートはR−N=C=O(反応後N−C結合が残る)、ケテンはH₂C=C=O(反応後C−C結合が残る)。生成物の結合の種類が異なる。
A. C=Oを完全にCH₂に還元したいときで、かつ酸性条件や強い還元剤(LiAlH₄など)を使えない官能基が分子中にある場合。KOH・ヒドラジン水和物・ジエチレングリコール(高沸点溶媒)という穏やかな条件で進む。
カルボニル関連反応の一覧
C=O → C=C ………… ウィッティッヒ反応(リンイリド使用)
C=O → CH₂ ………… ウォルフ−キシュナー還元(ヒドラジン + KOH)
C=O → エステル …… バイヤービリガー酸化(過酸 + 1,2転位)
イソシアナート R−N=C=O (Cがδ⁺、LUMO)
+ アルコール → ウレタン結合 (ポリウレタン原料)
+ アミン → 尿素結合
+ 酸 → アミド + CO₂
+ 水 → ジアリール尿素 + CO₂
ケテン H₂C=C=O (中心CがLUMO)
+ 酢酸 → 無水酢酸(工業的製造)
+ ROH → エステル
+ RNH₂ → アミド
+ C=C → ラクトン
共通原理:δ⁺C(LUMO大きいローブ) ← 求核剤のHOMO
この章のキーワード:ウィッティッヒ反応 / リンイリド / イリド / ベタイン / ウォルフ−キシュナー還元 / バイヤービリガー酸化 / 過酸 / 1,2転位 / イソシアナート / ウレタン / ケテン / アセチル化 / HOMO−LUMO
🎯 次のノートを読む前にウィッティッヒ反応でカルボニル化合物とリンイリドからオレフィンができるまでの3ステップ(AdN → 四員環中間体 → 分解)を自分でメカニズム矢印付きで書けるかチェック。
G:/020_有機電子論解説-有機化学の基礎/output/md/有機電子論解説-有機化学の基礎_11章(p157-169)カルボニル基の関連反応、イソシアナートやケテンの反応.mdassets/11/page_0001.png 〜 page_0007.pngINDEX | ← 前へ 10_カルボニル基の反応 | 次へ → 12_ひと休みの章