この反応の出発物質は一級アミド(RCONH₂)です。一級アミドの窒素原子と、隣接するカルボニル基の炭素原子に特に注目してください。反応を進める試薬は、窒素原子に塩素を導入するNaOCl(次亜塩素酸ナトリウム)と、プロトンを引き抜く塩基として働くNaOH(水酸化ナトリウム)です。
アミドのN-H結合は、隣接するカルボニル基の強い電子求引効果により、一般的なアミンよりも酸性が高い(pKa約17)ため、塩基によってプロトンが引き抜かれやすい状態です。一度N-クロロ化された窒素原子にさらに強い電子求引性を持つ塩素原子が結合すると、残りのN-H結合の酸性度は誘起効果によってさらに高まり、二度目の脱プロトン化が容易になります。また、イソシアネートの中心炭素は、窒素と酸素という二つの電気陰性度の高い原子に挟まれているため、強い電子不足(δ+)となり、求核攻撃を受けやすい求電子中心として機能します。
[出典: 6章 p1, 8章 p9]
この反応の鍵となる中間体は、N-クロロアミドから二度目の脱プロトンによって生成するN-クロロアミドアニオンです。このアニオンの窒素上の孤立電子対が、隣接する炭素に結合した芳香環(Ar基)の1,2-シフトと、塩素原子の脱離を同時に引き起こします。この「協奏的な転位」が律速段階であり、反応の本質です。脱離基である塩化物イオン(Cl⁻)は非常に優れた脱離基であり、その脱離が転位を促進します。最終的に生成する二酸化炭素(CO₂)は非常に安定な分子であり、その放出は不可逆的な駆動力となります。
まず、水酸化物イオンの酸素の孤立電子対が、アミドの窒素に結合したプロトンを引き抜き、窒素上に孤立電子対が残ったアミドアニオンが生成します。次に、このアミドアニオンの窒素の孤立電子対が、次亜塩素酸の塩素原子を求核攻撃し、N-Cl結合が形成されて水酸化物イオンが脱離します。これによりN-クロロアミドが生成します。再び水酸化物イオンの酸素の孤立電子対が、N-クロロアミドの窒素に結合したプロトンを引き抜き、窒素上に孤立電子対が残ったN-クロロアミドアニオンが生成します。このアニオンにおいて、窒素上の孤立電子対がカルボニル炭素と新しい結合を形成しようとすると同時に、芳香環のC-C結合の電子対がカルボニル炭素から窒素へ1,2-シフトし、同時に塩素原子が塩化物イオンとして脱離します。これによりイソシアネートが生成します。その後、水酸化物イオンの酸素の孤立電子対が、イソシアネートの中心の電子不足な炭素を求核攻撃し、カルバミン酸塩が生成します。最後に、このカルバミン酸塩から二酸化炭素分子が放出される(脱炭酸)と同時に、C-N結合の電子対が窒素上に移動し、アニオン化した窒素が水からプロトンを受け取って最終的なアミンが生成します。
このHofmann転位反応によって、出発物質の一級アミド(RCONH₂)は、カルボニル炭素が二酸化炭素として失われ、炭素数が1つ減少したアミンに変換されます。本問題の出発物質からは、3,4-ジメトキシアニリンが生成します。
📚 参考文献
[3] March, J. Advanced Organic Chemistry, 5th ed.; Wiley-Interscience, 2001, pp. 1052–1055.