この反応の出発物質であるマロン酸ジエチルには、2つのエステル基に挟まれたメチレン基(-CH₂-)が存在します。このメチレン基の水素原子(α-H)と、エステルカルボニル基の炭素(C=OのC)、そして反応試薬であるn-ブトキシドイオンの酸素、1-ブロモヘプタンの炭素-臭素結合の炭素、水酸化物イオンの酸素が注目すべき点です。
マロン酸エステルのメチレン基のα-Hは、両隣のエステルカルボニル基が持つ強い電子吸引効果により、通常のアルカンよりも非常に高い酸性度(pKa 約13)を示します。これにより、n-ブトキシドイオンのようなアルコキシド塩基(共役酸のpKa 約16)によって容易にプロトン(H⁺)が引き抜かれ、共鳴安定化されたエノラートという負電荷を持った中間体が生成します。次に、このエノラートの炭素は豊富な電子を持ち、1-ブロモヘプタンのC-Br結合の炭素は臭素の電気陰性度によって部分的に陽電荷を帯びているため、電子が豊富なエノラートの炭素から電子が不足しているアルキルハライドの炭素へと電子が流れ、新しい炭素-炭素結合が形成されます。また、エステルのカルボニル炭素は、酸素の電気陰性度により部分的に陽電荷を帯びており、水酸化物イオンの酸素が持つ孤立電子対による求核攻撃を受けやすいです。
[出典: 4章 p4]
本反応では、まず塩基がマロン酸エステルのメチレン基からプロトンを引き抜き、活性なエノラート中間体を形成します。その後、このエノラートの炭素アニオンがアルキルブロミドの炭素を攻撃し、新しい炭素-炭素結合を形成する段階が鍵となります。この炭素-炭素結合の形成により、出発物質に新たなアルキル鎖が導入されるため、このアルキル化反応が合成の目的を果たす上で非常に重要です。続いて、エステルが加水分解されてカルボン酸になり、さらに加熱によって特定の結合が切断され二酸化炭素が脱離する反応が起こります。
まず、n-ブトキシドイオンの酸素の孤立電子対が、マロン酸ジエチルのメチレン基のα-Hを攻撃し、Hをプロトンとして引き抜きます。この際、α-C-H結合の電子対が炭素上に移動し、エノラートの炭素アニオンが形成されます。この炭素アニオンの孤立電子対は、隣接するエステルカルボニルの炭素-酸素二重結合の炭素へと共鳴的に非局在化します。次に、エノラートの炭素アニオンの孤立電子対が、1-ブロモヘプタンの炭素-臭素結合の炭素を背面から攻撃し、新しい炭素-炭素結合が形成されると同時に、炭素-臭素結合の電子対が臭素原子へと移動して臭素イオンが脱離します。これによりアルキル化されたマロン酸エステルが得られます。続いて、水酸化物イオンの酸素の孤立電子対が、アルキル化マロン酸エステルのエステルカルボニル炭素を攻撃し、炭素-酸素二重結合のπ電子が酸素上に移動して四面体中間体を形成します。その後、この中間体からエトキシドイオンが脱離し、カルボン酸塩が生成します。この加水分解が両方のエステル基で起こり、さらに酸性条件下でプロトン化されることでジカルボン酸が得られます。最後に、このジカルボン酸を加熱すると、一方のカルボキシル基のヒドロキシル酸素が隣のカルボニル酸素から水素原子を引き寄せるような六員環状の遷移状態を経て、炭素-炭素結合が切断され、二酸化炭素が脱離すると同時にエノール中間体が生成します。このエノールは速やかにプロトン化・脱プロトン化による互変異性化を起こし、より安定なケト型のカルボン酸へと変化します。
[出典: 10章 p9]
一連の反応を経て最終的に得られる生成物は、ノナン酸(n-C₈H₁₇COOH)です。これは、マロン酸エステルのα-CH₂部位にアルキル鎖が導入され、その後エステル基が加水分解と脱炭酸によって除去された結果生じる、直鎖状のカルボン酸です。