試薬無水マレイン酸(maleic anhydride) (電子不足アルケン = エノフィル。C=Cの両側に C=O をもつ)
溶媒・条件o-C₆H₄Cl₂(o-ジクロロベンゼン)、reflux(還流、bp ≈ 180 °C) (高沸点溶媒で加熱)
後処理特に記載なし
このエン反応では、2つの主要な反応種があります。1つはエン成分であるアリルベンゼンで、特にベンゼン環に隣接するアリル位のC-H結合とC=C二重結合が注目されます。もう1つはエノフィルである無水マレイン酸で、そのC=C二重結合の両側に結合している2つのカルボニル(C=O)基が重要です。
アリルベンゼンのアリル位C-H結合は、隣接するベンゼン環の共鳴によって安定化されるため、通常のC-H結合よりも結合解離エネルギーが低く、切断されやすい性質があります。この現象を超共役と呼びます。一方、無水マレイン酸のC=C二重結合は、隣接する2つのカルボニル基が持つ強い電子求引性効果により、炭素原子が正に分極し、電子不足になっています。この電子不足なC=Cが、エン成分の電子を強く引き寄せる駆動力を生み出します。
[出典: 有機章 p93, 有機章 p48]
このエン反応は、中間体を経由せず、アリル位C-H結合の切断、C=C二重結合の移動、そして新たなC-C単結合の形成という3つの結合変化が同時に、協奏的に進行する単一の反応段階です。律速段階という概念は厳密には適用されませんが、6つの原子が関わる6員環状遷移状態が形成されることが反応の鍵となります。この遷移状態は6π電子系として特別に安定化されており、熱的に許容されるペリ環状反応の一種です。しかし、C-H σ結合の切断を伴うため、比較的高い活性化エネルギーが必要であり、反応には高温が要求されます。
[出典: 有機章 p79, 有機章 p80, 有機章 p213-216]
反応は、エン成分とエノフィルが6員環の環状遷移状態を形成することで協奏的に進行します。まず、アリルベンゼンのベンジル位C-H σ結合の電子対が無水マレイン酸の電子不足なC=C結合末端の炭素を攻撃するように移動し、新しいC-C σ結合が形成され始めます。これと同時に、アリルベンゼンのC=C π結合の電子対が移動し、元の二重結合の位置から隣接する炭素へと新しい二重結合が形成されます。そして、ベンジル位から引き抜かれた水素原子が無水マレイン酸のC=C結合のもう一方の炭素へと移動します。これらの電子の動きが環状に連鎖し、同時に起こります。
この反応の結果、アリルベンゼンのアリル位と無水マレイン酸のC=C間に新しいC-C単結合が形成され、同時にアリルベンゼンの二重結合が転位し、アリル位の水素原子が無水マレイン酸のCに移動します。最終生成物は(E)-2-(3-フェニル-2-プロペニル)コハク酸無水物です。形成される新しい二重結合は、6員環遷移状態の幾何学的要請により、主にトランス(E)配置をとります。