試薬1) BH₃·THF(ボラン-THF 錯体、0.33 当量) (ヒドロホウ素化剤)2) NaOH / aq H₂O₂(過酸化水素水) (酸化剤)
溶媒・条件THF(テトラヒドロフラン)/ rt(室温)THF = 環状エーテル溶媒
後処理aq NaOH(ホウ酸エステルの加水分解)
この反応の出発点となるのは、アルケン、特に炭素間二重結合です。試薬としては、BH₃(ボラン)と、その後の酸化段階で使われるH₂O₂(過酸化水素)およびNaOH(水酸化ナトリウム)が重要です。反応が開始されるのは、アルケン分子の炭素間二重結合のπ電子と、ボランのホウ素原子です。酸化段階では、過酸化水素と水酸化ナトリウムから生成する酸素原子を含むアニオン、そしてトリアルキルボランのホウ素原子が鍵となります。
ボラン(BH₃)のホウ素原子は、オクテット則(原子の最外殻電子が8個になることで安定化するという経験則)を満たしておらず、空のp軌道を持つため、電子不足なルイス酸(電子対を受け入れる化学種)として機能します。一方、アルケンの炭素間二重結合のπ電子は電子密度が高く、求核剤(正の電荷を持つ原子に引き寄せられる化学種)としてホウ素を攻撃できます。この反応の位置選択性、すなわちホウ素がアルケンの末端炭素に付加する理由は、立体的な要因(ホウ素がより立体的に空いている末端炭素に接近しやすい)と、電子的な要因(末端炭素の方が内部炭素よりもわずかに電子密度が高い)の両方が組み合わさって生じます。また、反応途中で生成するヒドロペルオキシドアニオン(⁻OOH)の酸素原子は孤立電子対を持つため、強力な求核剤として働きます。さらに、O-O結合は比較的結合エネルギーが小さく(約150 kJ/mol)、これがアルキル基の転位(原子が隣の原子へ移動する現象)の駆動力となります。
この反応において律速段階(反応全体の速度を決める最も遅い段階)となり得るのは、アルケンへの最初のヒドロホウ素化段階、特に四員環遷移状態(反応物と生成物の中間の環状構造)の形成と考えられます。この段階では、アルケンの炭素間二重結合のπ結合と、ボランのB-H結合が同時に活性化され、新たなC-B結合とC-H結合が形成されます。酸化段階では、O-O結合の切断とアルキル基の転位が鍵となり、この弱いO-O結合の開裂が反応の駆動力となります。
まず、アルケン分子の炭素間二重結合のπ電子対が、ボランのホウ素原子の空軌道を攻撃します。これと同時に、ボランのB-H結合の電子対が、アルケンのもう一方の炭素原子へ移動し、C-H結合を形成します。この一連の動きは四員環遷移状態を経て協奏的に(複数の結合の切断と生成が同時に起こるように)進行し、HとBがアルケンの同じ側から同時に付加し、ホウ素は末端の炭素に、水素は内部の炭素に結合します。この過程が、ボランの持つ三つのB-H結合それぞれについて繰り返され、最終的にトリアルキルボランが生成します。
次に、水酸化ナトリウムと過酸化水素から生成したヒドロペルオキシドアニオンの酸素原子の孤立電子対が、トリアルキルボランのホウ素原子の空軌道を攻撃し、ホウ素が四配位(4つの原子と結合した状態)のアート錯体が形成されます。このアート錯体中で、アルキル基のC-B結合の電子対が、隣接するO-OH結合の酸素原子へ1,2-転位します。同時に、O-OH結合が切断され、水酸化物イオンが脱離基として遊離します。この転位によってB-O結合が形成され、ホウ酸エステル中間体が生じます。このアルキル転位の過程が残りのアルキル基についても繰り返され、最終的にトリアルキルボレートが生成します。
最後に、このトリアルキルボレートに対して、水酸化物イオンの酸素原子の孤立電子対がホウ素を攻撃し、B-O結合が加水分解されます。これによりアルコールが遊離し、最終的にホウ酸が生じます。
この反応の最終生成物は、出発物質のアルケンの炭素骨格を保ったまま、二重結合があった位置の末端炭素にヒドロキシ基(-OH)が付加した第一級アルコールです。具体的には、1-ヘキセンからは1-ヘキサノールが生成します。このアルコールは、マルコフニコフ則に逆らった(anti-Markovnikov配向の)位置選択性でヒドロキシ基が導入された生成物となります。
📚 参考文献
[3] Clayden, J.; Greeves, N.; Warren, S. Organic Chemistry, 2nd ed.; Oxford University Press: Oxford, 2012. Chapter 39(ヒドロホウ素化・位置選択性・立体選択 性). (syn 付加・anti-Markovnikov 選択性・1,2-移動の立体保持の詳細解説。)
🔗 doi.org/10.1093/hesc/9780199270293.001.0001